恋人について
デビ夫人もいっているように、自分の可愛い子供でもいればつい「恋人」だといってしまうこともあるということでしょう。自分の子供が生まれた時代と比べると、孫の可愛さというのは比べものにならないとよくいいますが・・。そんな可愛らしさを「恋人のような」と表現してしまうことは多いということですね。
いったい、「恋」や「恋人」というのは何ぞや?と思い起こすには年齢をすでにかさね過ぎた自分というのがいて、表現できることは少ないと思いますが、それは少しは「恥ずかしさ」に通じるということが言えると思うのです。
要するに、自分だけではどうしようもないことを、その人がいるだけで気持ち的にも強くなれるような・・。そんな気分?それとも「どきどき感」「わくわく感」「目の前がぱっと明るくなってくる」ようなそんな気分?
どちらかといえば自分的には、「目の前がぱっと明るくなってくる気分」というのが必要なんですが、それはなにも「恋人」ではなくても実現してしまいそうですよね。
どちらにしても「恋人」は、気持ちとの関係が強いということで、それは体の健康の次に大切なものかもはしれないですよね。まあ、だいたい恋愛のまっただ中にいるわけでもない自分がいうのですから説得力はないとは思うのですが・・。
それで、「目の前がぱっと明るくなる」というのは誰にでも必要なこととは思うのですが、「明るい気分に誰でもなれる」というのにはいろいろと難しいことも多いのでしょう。
「恋人」について考えるということで、いろいろと検証してみることもいいのですが、ある時期の年齢になってくると「恋人」といえる人がテレビの中のタレントや俳優さんの中にも探し出すことが少なくなってくるということです。
それで、今でも「胸のときめく人」「タレント」などを見つけるとそれはもう宝ものを見つけたようにテレビに見入ってしまうことも・・。それで、「胸のときめくことが少ない」ということは、よく考えてみるとそれは自分のせいだけでもなく、時代のせいかもしれないということに気がついてくるのです・・・。そうではないのですかね。
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